Feb 28, 2018

年をとること

そうしてほっぽったブログに舞い戻り。
文章を書かないとものを考えない。もしくは考えが浅いままおわってしまう。何かの論点を考えるとき、レイヤーを潜ったあとに全体に戻れないのだ。戻ろうとすると何かが抜け落ちる。

最近、年をとるということを考える。月並みに。私も30代半ばになったのだった。光陰アローのごとし、と先人は言った。
30代半ばになってやっと重い腰を上げて、年をとるということに対する心構えというか自分なりのスタンスを考えたいと思い始めたのだった。
みんなそんなもんなのかな。もっと早くにそういうことは考えるものなんだろうか。
結婚してたり子供がいたりすることは関係あるんだろうか。身をおいている環境はでも影響するだろうな、なんて考える。

年をとるということ。
外からどのように評価されるか、という問題と、それに伴ってどういうスタンスでいるか(抗うのか、受け入れていくのか、本当は受け入れられないけど演じるのか)という問題。もしかしたら卵が先か鶏が先かの話で、自分のスタンスが先で周りの人がそれに合わせて態度を決めるパターンもあるかもしれない。

もしかしたら、そういうことではなくて、単純にどういう年のとり方をしたいかという話なのかもしれない。だったら思い浮かぶ。
年を取ってるのに何も積み重ねられていないのは嫌だな、と思う。つまり、この間いくつもあったであろう重要な経験から何も学んでいないということ。何も感じていないということ。あるいは、自分の思考に刻めていないということ。
関連して、思考停止するのも嫌だなと思う。
新しいものについてはわからないと言える、そして興味があるならそれを調べるモチベーションもほしい。
あと、好きなものを見つける力をずっともっていたい。
今よりも強くやさしい人間でありたい。
今よりも自分のことを前に押し出さない人間でありたい。
あとは健康なのがいい。

客観的には、強く優しくなれれば、比較的年を取った人に求められるものはだいたい満たすだろうと思う。あとは身体と精神の健やかさをもてれば主観的にはOKだ。
難しいことを言っているけれど、理想はそもそも難しいことなのだし、「今より」とつければいくらかは達成可能だろうとも思う。


そして、年をとるといったときに思い浮かぶのは結局、母なのだなあと思う。そしてもしかしたら、妹は私をも見ているのかもなとも思う。もしくはこの先。


同世代の人々とこの話題を話したいな、と思う。フェーズが同じで、同じようなことを考えている人たちと。 まあ、日々の生活で忙しくて大半はそんなこと考えていないんだろうなと思うけど。
最近昔を思い出す。それこそ10年以上前のテキストサイト時代も末の頃。皆さん元気でしょうか。

散漫になった。昔はもう少しネタを絞り込んで書いていた気がするな。。
まあ手始めに。今年は書くのだ。


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